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じゆうちょう。

美術展やら食べた物やら気の向くままにかいてます。

「隻眼の少女」麻耶雄嵩(文藝春秋文庫)

麻耶さんの作品は時折読み返したくなるであろう事を想定して、

→買おう

→場所をとりたくないから文庫で買おう

→単行本は買わないぞ。

 

ということで、文庫化を待ち望んでおりました。

 

えーと、期待のサイズくらいおもしろかったです。

つまり、非常におもしろかったという解釈で。

 

以下、じわじわとネタバレ風味な感想です。

 

何作かこの作者の作品を読んでしまうと、構造的な大きなオチとかを期待してしまい、そこから犯人を類推してしまうという非常に不純な読み方をしてしまった邪な己に反省中です。

そんなことで犯人を当てたって楽しくないぞ!!!

 

「隻眼」という特徴から、ついつい「夏と冬の奏鳴曲」を思い出しながら読んでしまったのですが、「夏と~」のヒロインよりも更にオタクの萌え心をくすぐるヒロイン像(コスプレ的服装、ツンデレ…)というところに、作者のある種の洗練を感じてしまいました。まちがっているかもしれません。

 

解説者も指摘していたように、ついつい横溝さんの「獄門島」を思い出しながら読んでしまったのですが、しょんぼりな個人的発見が。

 

以下、感想から遠のいていきます。

 

学生時代は「獄門島」で生首のシーン等を平然と読み進めていたのですが、学生時代も遠くなりにけりの今回は生首シーンにとてもゾッとしたのです。夜に更にグロテスクな夢をみるくらいに。

これは、二つの作品の描写力が異なる、とかいう話ではありません。

 

どうやら、若かりし頃の自分は「生首シーン」を自分とは遠い世界のモノとして捉えていて、生々しい恐怖を覚える対象ではなかったようです。

時を経て現在の自分は、死や死体がちょっと身近になったみたいです。

 

「ゲームでガンガン人を殺すなんて教育的によくない」という昔聞いたオトナの意見を思い出しました。

ゲームはしない子どもでしたが、まあ死にリアリティは感じていなかったのです。まあ、平和な国の子どもなので、それが自然な気もいたしますが。

でも、いづれ、棺におさまる親類や親や友人の姿をみて骨を拾い続けるうちに徐々に死も死体も身近なモノになるんですよねー。

 

以下、感想にちょっと戻りますが…

 

麻耶さんの作品は「作り物的要素」が多めなので、今後も「生首シーンこわ!」と思いつつもどうにか読んでいけそうで、よかったな、と思いました。

 

今作は何より後期クイーン問題をどっぷりと扱っている点が非常にたのしかったでござる。

ラストシーンが明るく〆られているところも、やはりよいです。

 

あまりミステリを読まない人も、そうでない人もそれぞれレベルでのたのしみがあるようにも思えて、その面ですごいミステリだな、と思いました。