じゆうちょう。

美術展やら食べた物やら気の向くままにかいてます。

部活をふりかえってみました。

ごくマレに「お題」の存在を思い出す、ワタクシであります。

 

どこに入るのか、まったく悩まなかった中学入学時、非常に悩んだ高校入学時。

どちらも結果としては美術部に入っているのですが…。

 

小学4年生の時、赴任してきた図工専科であり美術クラブ顧問の先生に「中学になったら美術部に入って油絵をやりなさい」と言われたので、当時「おなかがへったな~」ということ以外のことを考える脳みその余地のなかったワタシは、特に悩まずに美術部に入り、ひたすらと油絵を描きました。

 

中学3年の時、美術の先生に「高校生になったら、放課後、受験用のデッサンを教えてくれる予備校に行きなさい。美術系の大学に行くのには必要だから。キミは普通の会社員はむいていないと思うから」と言われて、やはり「おなかがへったな~」しか考えられないワタシは素直に従うことにしたのですが、「部活は美術部以外に入ってみたいな~」と思いました。

 

だって、ここで違う部活を経験しないと、美術部の部活経験しかない人間になってしまう。なんか寂しい、と思ったのであります。

 

なのに…

「高校も美術部入るでしょ!? 入ろうね! 私、入りたいの! ね! 一緒に入って! 入ろう! 入ろう!」と毎日言い始めた、それほど親しくもないクラスメートがいて…食べること以外にあまり脳みそを使う余力のなかった当時のワタシはうっかり高校でも美術部に入ってしまうのであります。

あ、中学と高校は一緒になってるシステムの学校です。

 

なんとなく美術部に入ってみたくなかったオノレの勘はなかなか鋭かったのです。

中高エスカレータ式の私学のくせに、当時、我が母校はあまり一貫教育化が進んでおらず、部活も中学と高校では無関係。同じ美術部でも顧問もノリも、先輩の顔ぶれも違いました。

 

高校の美術部の先輩(=2年生。3年は4月から引退状態。)は、なぜかやたらと「話し合い」と「共同制作」が好きな人々で、更に部活で最初に描く油絵のサイズとモチーフを指定してきました。

 

「F6サイズで静物画を描いてもらいます。みなさんの実力がみたいので」だって。

 

笑う。

すでに現在より相当昔の話ですが、その時点で「いつの時代のマンガだよ!そのセリフ!」と声に出さなかった自分は案外目上への礼儀を知っていたのでしょうか。中学で各週にあった「礼法」の授業の成果か?

 

言ってる2年生は中学で美術部ではなかったのです。つまり高校に入ってからココ1年くらい油絵を描いてみた程度。聞いてる1年生の半分以上は中学の美術部で3年くらい油絵を描いているわけです。

 

自分勝手なワタクシは、入って1ヶ月目でかなりゲンナリしていたのですが、調子にのっていた2年生は2ヶ月目くらいに掃除が長引いて部活にちょっと遅れてきた1年生がいたことに対して「連帯責任」という言葉をつかって、1年生全員にお説教を始めてみたのです。

 

ムリムリムリムリ。

わらう。

「下級生にお説教、とかにあこがれてるなら、運動部に入ってくれないと!キミタチ!」と、板についていない先輩風をふかせる2年生をながめながら、退部を決意したのです。

 

まー、今、思えば、古臭い部活の先輩ゴッコをしていた2年生達は、かなりなオタク。たぶん、演じてみたい虚構のキャラクターをノリノリでやって楽しんでいたのだと思われます。

でも、描きたいものしか描きたくない、というワガママな自分は、彼女達の部活の後輩をやっていられなかったのですなー。

それに、美術部以外に入ってみたかったしー。

 

職員室にいた顧問に退部届を渡しているところを、「美術部に引きずりこんだ中3の時のクラスメート」に発見され、ワタシは面倒くさくてダッシュで逃げ出しました。

 

「うらぎりものー!」

と、背中の遠くの方から叫ばれながら。

 

「部活」という言葉をきくと、どうも、この「裏切者」って単語が浮かぶのであります。

 

食べ物のことばっかり考えてちゃダメなんだな…と、その後、異様な食欲がおちつく20代後半になって気づきました。