じゆうちょう。

美術展やら食べた物やら気の向くままにかいてます。

グループ展(?)始まりました。

個展も絶賛開催中ですがグループ展(?)も昨日無事、作品搬入を終えて始まりました。

 

複数の人でやってるからグループ展?と書いているのですが、別に仲の良いお友達が集まってやっているわけではなくて、いわゆる公募団体の地方展…つまり毎年夏に出している公募展の会員と出品者(入選者)のカナガワ在住の人々がやっている作品展です。

 

私はこの公募団体に10回くらい入選している出品者。

会員に推挙されるには、いやらしい意味ではなく「こうした方がよいですよ」という傾向があるのに、何故か毎年夏になると逆らった作品を出してしまう天邪鬼(?)なワタクシ。

 

(いや、なんか毎年それぞれ事情はあるんです。制作途中でものすごく気が変わってしまって「今はこれを描きたい気分じゃないんだ。どうしても全然違うこういう絵を描きたいんだ!」みたいな心変わりが…。って、それを天邪鬼というのでしょうか。)

 

このカナガワ展で会う心の優しい会員さん達に「そろそろこうした方が…」と強制感のまったくない健全なアドバイスをいただいています。

 

要するに、審査する全会員が毎年出品者の作品を続けて見て行って、一つのテーマが色んな側面から深まっていくのを見つつ作品としての一定の完成度が出た時に多数決をもって会員に推挙される(よく聞く他の団体と違って、ココは「偉い人の鶴の一声」制度はなく、一人一票の挙手制審査だそう。複数の会員さんが言っているので多分本当。)って感じなのですが、まぁ、コロコロとテーマを変えたくなる私は根本的にその姿勢が問題なのであります。

 

出し始めて3~4年のうちは「まぁまだ若いんだし、いろいろやっていいと思うよ」というお声が多かったのが年々逆転。

「このテーマすごくいいから、これで突き詰めて描きこんできなさいよ」という声を毎年複数いただくようになり、そうしようと思いながら結果的にそうしていない私。

 

昨日の初日の会場研究会(←作品講評会、数名の会員さんが出品者さんの作品について一点ずつ前向きなアドバイスをしてくれる。会員さんも自作について制作に関することを語っていく。質疑応答自由で、会員さんは偉ぶる事なく貶す事もなく、なんだか親切な会)でもやはり同じ会話が。

 

「これはこれですごくよく描けてるけどね。コンクールとかならいいけれど、公募ではこんなに完全にテーマを変えてはダメだよ。もったいない。ああいうことやああいうのを今まで突き詰めてきてたでしょ? 今までのそうした要素を残しながら描いた方がいいよ。せっかくああいう絵が描けるんだから描いた方がいい」

 

ああ、やっぱり? そうですよね。コンクールと公募は違う。

それぞれの求めるモノに答える絵を出すべき。

 

去年一年間、一昨年までやっていた「いちごパフェ」シリーズを止めたくなったのは、「公募にはあと、これをこうしてこうしたらいいんだろうな」と理屈で構図やモチーフを考えてしまって描いていることに「なんだかなぁ」と強く思ってしまっていたから。

 

でも公募とはそうしてテーマを深めていったモノを見てもらって会員になる事を目指す存在。

 

そもそも絵画とは、感性と理性の両側面から鑑賞し楽しむものだという考えを自分はずっと支持しているんだから、ある程度理性で考え「理屈」や「計算」をして描いたっていいはずでは?

求められる事を求められる場所では素直にやっては?

この公募で一昨年までの3年間詰めていたテーマの発展系であり、尚且つ今の自分が描いていて楽しいと思える絵を描くのがよいのでは?

 

てな気持ちになりました。

 

今回、昨日からの公募地方展用に描いた「半夏生」の絵は前半透明水彩で描いて、途中からアクリルにして仕上げた。アクリルにしたことを深く後悔している。

透明水彩で描いている時は自分の理想とする感じ進んでいてウキウキわくわく。

アクリルになってから夢から覚めてしまったようにフツウな感じになってしまって、どうにかしようともがき苦しんでしまった。

だーめーだー。

 

半夏生の絵は、改めて最初から最後まで透明水彩で仕上げてコンクールに出す。

どのコンクールに出すかはわからないけど。どっかの。

 

早く、「ああもう完璧。うっとり。みてみて」って思う絵を描き上げたいと思っています。

いや、それは「まだまだだ。もっと長生きしたい」的な事を90歳で北斎が言ってたって話があるので、もうずっとそう思って生きていくのかもしれないって思っていますが。

 

(うぃきにはこんな感じに。↓

嘉永2年4月18日、北斎卒寿(90歳)にて臨終を迎えた。そのときの様子は次のように書き残されている。

翁 死に臨み大息し 天我をして十年の命を長らわしめば といい 暫くして更に言いて曰く
天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得(う)べし と言吃りて死す

これは、「死を目前にした(北斎)翁は大きく息をして『天があと10年の間、命長らえることを私に許されたなら』と言い、しばらくしてさらに、『天があと5年の間、命保つことを私に許されたなら、必ずやまさに本物といえる画工になり得たであろう』と言いどもって死んだ」との意味である。

 

(おまけ)

昨日、F30号(91x72.7cm)の絵を会場へ運んで一時帰宅して夕食を作り、会場付近に戻って友達と食べたランチです。↓

 

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パンは一人1個。おかわりはやめておきました。

夜がバイキング形式のパーティだったので。

ドレッシングがちょっと酸っぱくて美味しかったです。

 

そしてヤリイカと菜の花のたらこスパゲティ(ちょっと名前は違うかも…)。↓

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フツウそうに見えますがすごく美味しかったです。

5つくらいあったランチパスタの中から悩みに悩んでコレを選んだ自分の才能(運命?)に感謝しました。

イカが…イカが…やわらくくてうまい。

菜の花も…これだこれくらいがいいんだ。

このソース、よくわからないけど完璧だ。

ああ、ワインが飲みたいぜ。

ダメだよ、これから会場研究会とレセプションパーティときっと二次会だよ~。

という感じでした。

 

 

(ところで)

皆様からいただいたうれしいコメントへのお返事、楽しみにしている皆様のブログへの御訪問、じわじわと進めて行きたいと思っております。(おじぎ)