じゆうちょう。

美術展やら食べた物やら気の向くままにかいてます。

とびとび日記。(少し補足)

えーと、今日はぽんぽん話が飛ぶかもしれません。

できるだけ大きく飛びすぎないように気をつけます。

 

今日は軽~い、町内会組長業務をして、あとはひたすらデカい絵を描いたり、休憩もしくは逃避のために「動物のお医者さん」(文庫)を読んでいました。

 

本当は「動物のお医者さん」以前の佐々木倫子さんの作品を読み返したいのですが、実家にあるのですぐには読めません。

“以前の”と漠然と書いてしまいましたが、「忘却シリーズ」と呼ばれる「食卓の魔術師」他を読み返したいのです。

 

多分、ブラピが「相貌失認」の症状(←人の顔が覚えられない)がある、とか言い出したせいかと思われます。

「忘却シリーズ」の主人公の設定も同じなので。

某ミステリにもそんな設定の登場人物が出てきた記憶があるのですが、とっても分厚い長編なので、読み返すと長い時間お絵かきに戻ってこれなくなるため手に取らないようにしています。

 

佐々木さんの「忘却シリーズ」も文庫化してないのかなー?と調べてみるとしてません。

名作「ペパミントスパイ」も。びっくり。

そりゃ、次々に新しいマンガがかかれて出版されているんだから、絶版になってそれっきり…なモノも多くなるのは仕方ないんでしょうけれど…。

でもなー。でもなー。

 

「ヤマト」も新しくアニメ作ってやってるんだし、「ガンダム」もマンガにしたけど、新しくアニメ作ってテレビでやってもいいんじゃない?

 

新本格」の仕掛け人の宇山さんは、「虚無への供物」を文庫化するために商社をやめて講談社に入ったそうですが、本当にすばらしい。おかげで自分を含むたくさんの人の人生がより楽しく豊かになったと思うのであります。

 

ジャンルは全く違いますが、長年、都内で出版社の編集の仕事をしている知人がいます。でも、去年から「まったく違うジャンルのある仕事をしたいので会社勤務を続けながら学校へ通っている」とか。

「震災があって、本とか出してても何にもならない、って思って。人と直接関わる仕事がしたいと思った」のだそう。

えーっ。

本を出すって、複数の人に時には深く影響を与えることのできる、すばらしい仕事だと思うんだけどなー。と、思ったけど、もう半年もがんばって学校へ通っているその人にそうは言えませんでした。

 

震災直後に「今は絵を展示している場合じゃないと思う」とか「絵を描く気力がなくなった」とかいう発言を、周囲の絵を描いてる人達からたくさん聞きました。

(身内知人が被害者になった等という直接的な関係性がない上で、国内で多数の人が亡くなったショックで、というニュアンスで。や、間接的に関係ある、くらいならいるのかもしれないけど、これはそういう関係性の濃さの問題ではなくて。)

 

えーっ! びっくりー! 何いってんの?

いつでも、悲劇は起こってるでしょう? いつでも暴力的な死は襲ってくる可能性があるのがこの世の中でしょう?

 

想定しうる悲劇が自分の生活する地続きで起きたら筆が止まるの? でも、海を隔てた先での大地震でたくさんの人が亡くなった時には筆は止まらないの?

 

今、同じ地球上で飢えに苦しむ人々がいるのにな、って頭の片隅にありながらデザートを追加オーダーしてるんじゃないのか。そんなの考えすぎか。

 

大きな悲劇にあった人にすぐに何かできる能力を身に付けて生きていきたいという考えだったら、もっと前からそのための努力をしてそういう人生送ってくればよかったじゃん。

看護士とかさ医者とかさ、救助する仕事の人とかさ。それを選ぶこともできたでしょ? でも選ばないで、違う仕事したり、趣味ではなく絵を描く人生選んできたんでしょ?

 

とりあえず、やたらとみんなそっちの意見。絵を描く気分じゃない、だって。

自分の周りに一人だけ自分と同意見の「絵を描く気分じゃない、ってなんじゃそりゃ」って思ったって言ってた友達もいたけれど。

 

こんな時だから絵をみに行きたい、って人もいるかもしんないじゃん。予定どおり、描いた絵、展示しようぜ。

人間いつ死ぬかわかんないんだから、少しでも満足いく絵を1枚でも描いて死にたいってずっと思ってるんだけどなぁ。

 

や、美術展ってイベントでめでたい感じのことだから「喪にふくす的な意味で自粛をしましょう」というニュアンスなら理解できるんですが。

絵を描く気分じゃないのかー。気分じゃない人が多くなったから中止にしましょう、なのかー。

えーっ。

 

いや、基本、いろんな意見があるのがいいとは思っているのです。だから描く気分じゃない人がいてもそれ自体は非難するつもりではなくて、でも、自分の考え方とはすごく違うんだなーって。自分と友達はここでは、うんと少数派なんだなーって。

 

わりと人生、たいてい少数派。

でも、まさか、趣味以上に絵を描いている人々の中でもこんなにも少数派だったとは思っていませんでした。

 

どこまでも少数派か。

いや、人間はみな孤独なものでした。

 

だから「絶対、B型でしょ?」とか、誰からもずっと言われてしまうんかな。あれ?一番少ないのはABか? いーや、私は世界で最も人口の多いO型さ。本当は血液型診断は正しかった、という結論が未来に出てきたって、血液型が決めてくれた性格をゆがめまくる人生体験があったってことか。どうでもいいんですが。

 

全然少数派になりたくないんだけど、ってずっと思ってきたけれど、もう手遅れかもしれない、と2011年にやっと気づきました。あきらめるのも時には大切なので、それはそれでよかったと言えましょう。

 

考えるな、描け。

 

ちょっとお腹がへってきたので、言葉づかいが乱暴になってしまいました。すみません。

「あなたは体質的に空腹に弱いのだ(血液が~、血圧が~)」と、医者になった中学からの友達に言われました。

だから成長期の小中学生の頃、四六時中ものすごく凶暴だったのね…。いじめはしません。正しい江戸っ子はそんなことしないと思う。