じゆうちょう。

美術展やら食べた物やら気の向くままにかいてます。

「高原のフーダニット」有栖川有栖(徳間書店)

なんてステキな題名なのでしょう。

 

『高原』…さわやか。ゆったり。のどかな休息。

『フーダニット』…あ~やっぱり「誰が犯人なのか」を考えるのがミステリとして一番わくわくしないか?興奮する単語だ。

 

どうやったら犯行が可能だったのか?(ハウダニット)って、今一つ必死に考える気になれないんだよな~。なんででしょう?とりあえずそのせいで時刻表モノがすきではない。

 

いきなり双子。

どうして双子ってこんなにわくわくするのでしょう?間違い探し的よろこび?いや、なんだかドラマチック。

 

エラリークインの時代から?いやそれより先にビジュアルで浮かぶのは「八つ墓村」の小梅小竹ばーさん。

だが最も幼少期に『双子』にドラマ性を感じるようになったのは、曽祢まさこの「私が死んだ夜」のせいだろう。もちろん双子といえば有栖川さんの「マジックミラー」も思い浮かぶわけですが。「暗黒館の殺人」も同時に…

と、何かと無関係な記憶を呼び起こしつつ読みすすめるのもたのしいわけで。

『双子』、いい…。

 

とにかく描いてほしいシーンがきちんと書かれてお話が進むのが満足なのである。必要な情報が明らかにされていくシーンが。

ついでにところどころ主人公・アリスの人間性がかいまみえて、ほほえましく思ったりするのも幸せ。

アリスと火村のつきあい長い友人ならではの気のつかい方とそれを理解しあっている描写も、読んでいるとなんだか気分がよくなってくる。

 

そして何よりも、『こら、どー考えても犯人コイツだろ?』って人が犯人なのがうれしい~。

 

意外な犯人もすきなんだけれども、『隅々まで読んだところ、この人が犯人だよね?』って人が犯人なのが、ものすごくすきだ。

あーだから自分は有栖川さんの作品がすきなのかな~?(同じ理由で「占星術殺人事件」がすき。)

 

話の〆の一行も。やりすぎてない程度に気がきいている感じで、この匙加減がすきだ。