じゆうちょう。

美術展やら食べた物やら気の向くままにかいてます。

京都前のどたばた。(さらに書き足し)

先週末、なんとびっくりまたも京都に行く予定を立てていた。

 

関西在住の絵描き友達があっちで個展をするっていうんで「え?紅葉の時期じゃん。なら京都のついでに行くよ。いや、なんでもっと早く日程教えてくんないのよ。一ヶ月ちょい前なんてこの時期の京都は宿がとれねーじゃんよ(怒)」とすったもんだしつつ運が味方して、友人Mちゃんとちょくちょく使っているお手頃快適ホテルのラスト1部屋を確保してウキウキとしていた。

 

即答で同行を決意してくれたMちゃんに大感謝。

ヤツアタリのようにブーブー言ったらすぐにホテル検索をしてくれた絵描き友達にも感謝でござる。

 

旅立つ2週間前、以前から「調子悪い」と言っていた実母が、ここ数年患っている持病が悪化している兆候をみせいていた。

つーか、もう一ヶ月位以上前から、「通院してる専門医に再発していないか検査してもらいなよ」って言っているのに実行にうつさないってどういうことさ。

 

「わざと調子悪くして入院して、いたれり尽くせりしてもらう生活に戻って、その分ワタシの人生の時間を大量にうばおうという計画ですか?」

とちょいちょい言うセリフをまたも唱えて、どうにか検査を決断してもらい、無事再発が確定。人の意見を基本聞きたくない元自営業社長って本当に面倒だ。

薬の量が少し増えてたので体調はぐいぐいよくなってきた。

 

このアホなやりとりを、大昔から何度やり方を教えてもメールを打とうとせず、病状悪化の関連で耳が悪くなって電話での会話が困難になっている人物と行うという約1ヶ月の日々にどっと疲れていたところ、ぎょぎょっとする出来事が2つやってきた。

 

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へにょへにょになるとついつい買ってしまう美味しい弁当。

1つめ。

「おねーちゃん(ギボ)が入院したんだって、くみちょうちゃん知ってた?」と突然、個人的に仲良しなギボの妹(←オットのオバ)から電話をもらって

 

「ええええええ? 昨日電話で話した時全然元気だったよ」

「なんか夕べ調子悪くて病院行ってみたらICUに入れらたらしいねん。でも心配ないから子ども達には連絡してないっていうねん。ああ、でもバラしてしもたな、オバちゃん…」

いやいや、知らせてくれてありがとうだよ。

 

ギフと電話で話したら、やっぱり「心配ないよ」という。

「すぐに一般病棟にうつれると思うしわりとすぐに退院できるようだから」とかいう。どういうこっちゃ。

 

ま、週末には一般病棟にうつれてるそうだからお見舞いに行くか、とか思っていたら更なる衝撃の電話がきた。

 

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そんな中バレエの先生となぜかラーメン。美味しかった。

なんと、オジ(実母の弟)が亡くなったという。

ええええ? あの超元気で未だに仕事してて週末はスポーツジム通いをしてる超人のオジが? とビビる。

 

実母は気難しい性格なのであまり自分の兄弟との付き合いも今はないのだが、近所に住んでるという関係とオジの妻が大変できた気の良い方なので、特に実母が大きな病気をしてからは近年適度に付き合いがある。

年齢を超越しためっちゃ元気なオジだという最近の情報があったので非常にたまげたのであります。

 

なんとオジはここ数年は登山も趣味としていて月イチでかなり本格的に登りに行っていたらしい。

で、油断したんでしょうかね。一応難度の高いコースを選んでたらしいけれどなんてことはないワタシも遠足で何度も登った山で下山中に滑落したらしい。

 

しかしすごく急な斜面だったとか。いくら体力に自信があっても70歳になった人が行くべき道ではないのでは?と京都で山登り女子のMちゃんに言ったら

「そんなことないのよ。世の中の高齢者はガンガンすごい所に登ってるのよ。珍しいことじゃないのよ」

だそうだ。

 

この連絡が最初オバから実母にきた頃、耳の調子が最悪の状態だったので、母からワタシへの第一報はかなり意味不明。

事態を把握するためと母の状況説明をするためのオバとの電話連絡もなんだか話も長くなり、非常にてーへんだった。

 

通夜と告別式の受付をワシともう一人のイトコに頼みたいという。

そうだね、結構イトコの人数いるけど、関係性がマシでちゃんと受付任せられるのこの2人しかいないもんね、と思いながら快くお引き受けした。

 

会場まで片道約2時間。2日続けて往復。

 

既に薬が増えて体調がよくなりだしている実母は「具合が悪そうな過剰演技」を披露しながら告別式に近くの実家よりタクシーでちゃちゃっと登場。相当満足そうであった。

親戚達は久々に会うのですっかり騙されてちやほやしてあげていたのだ。ありがたや。

 

足腰が弱っているのをアピールすべく、着いた時には傘を杖代わりにする振りをしていたのに、帰りには離れた傘立てに置いておいた傘を持つことは一人だけしっかり覚えていながら「杖代わりの振りをする」ことはすっかり忘れてすたすたと帰る実母。

しっかりしているようで爪が甘い。

 

こんなドタバタの中、絵描き関係者で行う久々の「屋形船の会」の手配にもガタガタして、電話やメール連絡を多発。どうにか見通しをつけて安堵してみたり。

 

「ギボの精密検査が終わり明後日には退院できるよ」とギフから連絡をもらって深夜に慌てて荷造りをし、翌朝久々の超早起きにも成功。

 

無事京都へ旅立つことができた。

 

そして京都1日目驚きの失敗をワシはしでかすのである。